子宮内膜症に負けないぞ!!~いつかママに~

結婚直前に子宮内膜症が発覚。その後結婚し、やさしい夫や家族に支えられながら不妊治療の末、体外受精で娘を授かりました。その後、死産を経験。2017年6月、次女を出産しました。
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愛しい 〜産まれました〜

先月、37週3日
帝王切開にて女の子を出産しました。

エコーでの推定体重よりも小さく、小さく産まれた長女よりもまだ身長も体重も小さく産まれました。

それでも産まれた瞬間から、 元気に大きな声で泣いてくれて本当に安心しました。
赤ちゃんは小さいだけで、今のところ何の問題もなく元気でいてくれます。

赤ちゃんの浮腫みを指摘され羊水検査はしないと決めましたが、産まれるまでいろいろ心配もしていました。
死産の経験から、無事に産まれて赤ちゃんの顔を見ることができた時の幸せな感情は本当に特別でした。

実は予定の帝王切開の前日の夜に破水してしまい、元々少なかった羊水はほとんどなくなっていました。
ここまできて、赤ちゃんになにかあったらどうしようと本当に不安でした。

妊娠することも奇跡

無事に産まれてくれることも奇跡

愛しい愛しい我が子を抱けることは本当に奇跡なんだと改めて実感しました。


お母さんが入院中、寂しくても頑張ってくれた長女にも感謝です。
無事に産まれてきてくれた赤ちゃんにも感謝です。

私を2人のお母さんにしてくれた主人にも感謝しています。


そして、90%以上の確率で摘出しなくてはいけないと言われていた子宮は、胎盤が剥がれてくれて摘出しなくてすみました。
赤ちゃんが無事にさえ産まれてくれたら、子宮をなくしたとしてもいいと思っていましたが、それでも女性として子宮が残せたことは嬉しく思います。

術後、私の体調が安定せずにいろいろありましたが、やっと落ち着いてきました。

赤ちゃんは小さいのでまだ入院中です。

私は先に退院となったので、毎日おっぱいを絞り持っていっています。

保育器に2日だけ入った娘は、元気に成長中で退院もあと数日と言われています。

窓越しではなく、やっと直接赤ちゃんに会えた長女が、優しく赤ちゃんの手を握っている姿は本当に愛しく幸せでした。



産まれてきてくれてありがとう。




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子宮内胎児発育遅延

臨月に入り、もうすぐ帝王切開での出産になります。

赤ちゃんは子宮内胎児発育遅延でなかなか大きくならず…。

私に出来ることは、なるべく横になって赤ちゃんに少しでも栄養がいくようにして1gでも赤ちゃんが大きくなることを祈るばかり。

赤ちゃんが小さいので、少し早めに入院してステロイドの注射をして赤ちゃんの肺機能の成長を促してから帝王切開で赤ちゃんを産むことになりました。

いろいろトラブルもあり、心配が尽きなかったマタニティライフでしたが、こうして臨月まで過ごしてこられたことにとても感謝しています。

ずっと小さめで育ってきた赤ちゃんですが、後半さらに成長にブレーキがかかってしまうまでは、安静指示もなかったので普通に生活できて、お出かけしたり毎日娘とお散歩したり楽しく過ごせました。

お腹ではなかなか大きくなれないので、正期産に入ったらすぐに出産になりますが、小さくても元気に産まれてきてくれることを祈っています。

娘の時も子宮内胎児発育遅延と羊水過少で小さく産みましたが、小さいだけで元気いっぱいでした。

今回も羊水が少なく、赤ちゃんが小さいので娘の時と似ています。
私の体質なのかな?

死産のこともあるので、本当に産まれるまではやっぱり心配ですし、子宮を摘出するのも怖いですが、どうか無事に元気な赤ちゃんが抱けると信じて頑張ります。


いちねん

去年の今日、私ははるちゃんを産みました。

可愛い可愛い男の子でした。


あれから1年が経ちました。

はるちゃんのお骨は今もリビングにあります。

両親からは納骨しろと、土に還さないとダメだと初めの頃に言われました。

いろんな考え方があるんだと思います。

ただ、私はまだ納骨するつもりはありません。

主人もずっと一緒に居てもいいと言ってくれます。

戸籍にも残らない、家族以外は存在を知らない。

でも、確かに存在した大切な家族です。

納骨したからといって、その存在を忘れてしまうわけではないけれど、唯一はるちゃんが居たんだという証のような気がしてなかなか手離すことはできそうにありません。


今日は一周忌ですが、一周忌として何かするとまた納骨のことを言われそうなのでみんなで何か特別にするという事はしません。
ただ、好きなお花とケーキを買ってきました。お誕生日のプレートにはるちゃんの名前も入れてもらいました。

主人が仕事から帰ってきたら一緒に食べようと思います。

主人のご両親には納骨はまだするつもりがない事を伝えましたが、今のままで良いと言ってくれました。

そして今日は大きなお花を送ってくださいました。

私の気持ちをくんでくださり、はるちゃんのこともちゃんと覚えていてくれることに感謝しかありません。



赤ちゃんが授かること、無事に生まれてきてくれる事は当たり前ではなくキセキ。

1年が経ち、今私のお腹に新しい命があることは本当に幸せなことだと思います。

どうか無事に産んであげられますように。

そして、毎日はるちゃんと遊んでくれている愛しい娘が、この先も元気に育つことを祈っています。



はるちゃん、これからもずっと忘れないよ。大好きだよ。

私たちのもとに授かってくれてありがとう。



死産(後期流産)宣告〜供養までの記録15

20分程してスタッフの方が迎えにきて、先程とはまた違う部屋に案内されました。

そこにはお骨になったはるちゃんがいました。


小さくお腹の中で亡くなってから時間も経っていたため、お骨どころか灰すら残らないかもと病院で言われていましたが、はるちゃんの骨は本当に綺麗に全て残っていました。

16週でしたが13週ほどの大きさだったはるちゃんの、その時までに形成されていた全ての骨を残してもらえたと思います。スタッフの方も説明してくれましたが、どこが大腿骨かも分かるほどでした。
たまたま私たちの住んでいる地域の火葬場が、新しく建て替えたばかりだったことも運が良かったと思います。

はるちゃんが小さなお骨になってしまったことはもちろん悲しい事ですが、お骨が残せたことは本当に嬉しかったです。

戸籍にも残らず、私たち家族以外ははるちゃんの存在すら知られないまま。

そんななかで、はるちゃんが確かに居たのだと形に残せたのが嬉しかった。

主人と大切にお骨を拾い、すべてを持ち帰ってきました。


お葬式などはせずに、主人が私の父と祖父と一緒に直接お寺に行き事情を話し、お坊さんにお経をあげてもらうことになりました。
当日は主人の両親も大きなお花を持って来てくださり、みんなでお経をあげて供養しました。
そのあと、実家の両親が葬儀屋さんに注文してくれた料理をみんなで食べました。

お骨は自宅の居間に置きました。

しばらくしてから、気に入った可愛いお地蔵さんを購入し、たくさんのおもちゃやお菓子と一緒に置いてあります。






はるちゃんがお空に行ってもうすぐ1年が経ちます。




死産(後期流産)宣告〜供養までの記録14

火葬場に着くと、スタッフが1人出迎えてくれました。

その日は他に火葬する方はおらず、新しく建て替えたばかりの火葬場は広く綺麗でシーンとしており、なんだか異空間にいるようでした。
そこにはるちゃんを連れた私たち夫婦とスタッフの方の足音だけが妙に響いていたのを覚えています。

スタッフの方が案内してくれた大きな扉が開くと、また広い空間に祭壇がありました。

こちらでお別れをしていただきます。ご遺体はこちらへと言われ、祭壇の真ん中にはるちゃんを置きました。
葬儀屋を通さなかったので、私たちは自分で祭壇を飾りました。
買ってきたお花はスタッフの方が生けてくださり、私たち夫婦ははるちゃんの周りをお菓子やおもちゃ、ぬいぐるみなどで飾りました。
まだ少しだけ時間があるとのことで、買ってきた和紙の折り紙で主人と一羽ずつ折り鶴を折りました。

御焼香をし、何度もはるちゃんに触れて「ごめんね」と「ありがとう」を言いました。


自分の子どもを火葬場で見送るなんて。こんなに悲しいことはありません。
この時が一番辛かったように思います。


火葬の時間になり、はるちゃんとのお別れの時間になりました。
はるちゃんが寂しくないようにと、一緒に火葬できそうな物をいろいろ用意しましたが、結局一緒に火葬できたのは最後に夫と折った折り鶴くらいでした。
ぬいぐるみなどもボタンがついていない物を選びましたがダメでした。
陣痛に耐えたときずっと私が握りしめていたタオルハンカチも、繊維が多いものをいれてしまうとお骨がうまく残らないとのことで持ち帰ってきました。


火葬はお骨がなるべく残るように様子を見ながら行ってくださるとのことで、主人と2人待合室に案内されました。
本来であれば、たくさんの親戚などと過ごすためかとても広い待合室。そこに主人と2人きり。
窓側の端に座り、はるちゃんが昇っていく空の写真を撮りました。
春の暖かい日でしたが、空は曇っていました。


ここではじめて主人のお母さんに電話しました。
つわりで動けない間、県外から2ヵ月も泊まりに来てくれてお世話になったのに…こんなことになってしまって。
主人は電話で話していましたし、私もメールをしましたが、声を聞くのはこの時がはじめてでした。
急遽退院当日に火葬になってしまい、お父さんと火葬にも来てくださると行っていたのにそれも申し訳なく思っていました。
お母さんの声を聞いた瞬間から泣いてしまった私にお母さんはなんて声をかけたら良いのか…といいながらも優しく声をかけてくれました。
「はるくんのおかげで、楽しい時間が過ごせた」とこちらに手伝いに来てくれていた日々のことを言ってくれました。

「はるくん」

とはじめて自分たち以外が名前を呼んでくれたことが、なんだか嬉しかったのを覚えています。



プロフィール

ハナコウタ

Author:ハナコウタ
子宮内膜症、流産、羊水過少にIUGR、そして死産。
いろいろと経験し、妊娠、出産、そして子供が元気に成長してくれることは当たり前じゃなくて奇跡だと感じています。


2009年
9月
 婦人科診 何も問題ないと
12月
 プロポーズ

2010年
6月
 別の病院にて子宮内膜症
 or大腸がんと診断される
 →大腸ファイバー検査
 →大腸がん否定
 =子宮内膜症決定
7月
入籍
10月
結婚式
11月
タイミング療法開始

2011年
2月
 腹腔鏡手術

2月~5月
タイミングにて赤ちゃん待ち

5月
陽性反応

6月
7週6日で流産に・・

12月
タイミング療法

2012年
2月
クリニックに通うのがストレスになり自己タイミング

9月
不妊治療専門のクリニックに転院

排卵チェック、タイミング療法続けるも妊娠せず


2013年
体外受精を決意

10月
採卵 凍結

11月
移植
→陽性反応
双子であることが判明

12月
双子のうち1人の心拍が止まりバニシングツインとなる


2014年
6月
羊水過少、子宮内胎児発育遅延にて入院

7月
1か月の入院生活の末、帝王切開にて小さな小さな女の子を出産しました

2016年
1月
自然妊娠

4月
安定期に入るも16週5日お腹の中で赤ちゃんが亡くなっていることが分かる
16週6日 男の子を出産
(後期流産)

9月
再び不妊治療再開

10月
胚盤胞移植
→陽性判定

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