子宮内膜症に負けないぞ!!~いつかママに~

結婚直前に子宮内膜症が発覚。その後結婚し、やさしい夫や家族に支えられながら不妊治療の末、体外受精で娘を授かりました。流産、死産を経験し、現在は2人目妊活中です。
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いちねん

去年の今日、私ははるちゃんを産みました。

可愛い可愛い男の子でした。


あれから1年が経ちました。

はるちゃんのお骨は今もリビングにあります。

両親からは納骨しろと、土に還さないとダメだと初めの頃に言われました。

いろんな考え方があるんだと思います。

ただ、私はまだ納骨するつもりはありません。

主人もずっと一緒に居てもいいと言ってくれます。

戸籍にも残らない、家族以外は存在を知らない。

でも、確かに存在した大切な家族です。

納骨したからといって、その存在を忘れてしまうわけではないけれど、唯一はるちゃんが居たんだという証のような気がしてなかなか手離すことはできそうにありません。


今日は一周忌ですが、一周忌として何かするとまた納骨のことを言われそうなのでみんなで何か特別にするという事はしません。
ただ、好きなお花とケーキを買ってきました。お誕生日のプレートにはるちゃんの名前も入れてもらいました。

主人が仕事から帰ってきたら一緒に食べようと思います。

主人のご両親には納骨はまだするつもりがない事を伝えましたが、今のままで良いと言ってくれました。

そして今日は大きなお花を送ってくださいました。

私の気持ちをくんでくださり、はるちゃんのこともちゃんと覚えていてくれることに感謝しかありません。



赤ちゃんが授かること、無事に生まれてきてくれる事は当たり前ではなくキセキ。

1年が経ち、今私のお腹に新しい命があることは本当に幸せなことだと思います。

どうか無事に産んであげられますように。

そして、毎日はるちゃんと遊んでくれている愛しい娘が、この先も元気に育つことを祈っています。



はるちゃん、これからもずっと忘れないよ。大好きだよ。

私たちのもとに授かってくれてありがとう。



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死産(後期流産)宣告〜供養までの記録15

20分程してスタッフの方が迎えにきて、先程とはまた違う部屋に案内されました。

そこにはお骨になったはるちゃんがいました。


小さくお腹の中で亡くなってから時間も経っていたため、お骨どころか灰すら残らないかもと病院で言われていましたが、はるちゃんの骨は本当に綺麗に全て残っていました。

16週でしたが13週ほどの大きさだったはるちゃんの、その時までに形成されていた全ての骨を残してもらえたと思います。スタッフの方も説明してくれましたが、どこが大腿骨かも分かるほどでした。
たまたま私たちの住んでいる地域の火葬場が、新しく建て替えたばかりだったことも運が良かったと思います。

はるちゃんが小さなお骨になってしまったことはもちろん悲しい事ですが、お骨が残せたことは本当に嬉しかったです。

戸籍にも残らず、私たち家族以外ははるちゃんの存在すら知られないまま。

そんななかで、はるちゃんが確かに居たのだと形に残せたのが嬉しかった。

主人と大切にお骨を拾い、すべてを持ち帰ってきました。


お葬式などはせずに、主人が私の父と祖父と一緒に直接お寺に行き事情を話し、お坊さんにお経をあげてもらうことになりました。
当日は主人の両親も大きなお花を持って来てくださり、みんなでお経をあげて供養しました。
そのあと、実家の両親が葬儀屋さんに注文してくれた料理をみんなで食べました。

お骨は自宅の居間に置きました。

しばらくしてから、気に入った可愛いお地蔵さんを購入し、たくさんのおもちゃやお菓子と一緒に置いてあります。






はるちゃんがお空に行ってもうすぐ1年が経ちます。




死産(後期流産)宣告〜供養までの記録14

火葬場に着くと、スタッフが1人出迎えてくれました。

その日は他に火葬する方はおらず、新しく建て替えたばかりの火葬場は広く綺麗でシーンとしており、なんだか異空間にいるようでした。
そこにはるちゃんを連れた私たち夫婦とスタッフの方の足音だけが妙に響いていたのを覚えています。

スタッフの方が案内してくれた大きな扉が開くと、また広い空間に祭壇がありました。

こちらでお別れをしていただきます。ご遺体はこちらへと言われ、祭壇の真ん中にはるちゃんを置きました。
葬儀屋を通さなかったので、私たちは自分で祭壇を飾りました。
買ってきたお花はスタッフの方が生けてくださり、私たち夫婦ははるちゃんの周りをお菓子やおもちゃ、ぬいぐるみなどで飾りました。
まだ少しだけ時間があるとのことで、買ってきた和紙の折り紙で主人と一羽ずつ折り鶴を折りました。

御焼香をし、何度もはるちゃんに触れて「ごめんね」と「ありがとう」を言いました。


自分の子どもを火葬場で見送るなんて。こんなに悲しいことはありません。
この時が一番辛かったように思います。


火葬の時間になり、はるちゃんとのお別れの時間になりました。
はるちゃんが寂しくないようにと、一緒に火葬できそうな物をいろいろ用意しましたが、結局一緒に火葬できたのは最後に夫と折った折り鶴くらいでした。
ぬいぐるみなどもボタンがついていない物を選びましたがダメでした。
陣痛に耐えたときずっと私が握りしめていたタオルハンカチも、繊維が多いものをいれてしまうとお骨がうまく残らないとのことで持ち帰ってきました。


火葬はお骨がなるべく残るように様子を見ながら行ってくださるとのことで、主人と2人待合室に案内されました。
本来であれば、たくさんの親戚などと過ごすためかとても広い待合室。そこに主人と2人きり。
窓側の端に座り、はるちゃんが昇っていく空の写真を撮りました。
春の暖かい日でしたが、空は曇っていました。


ここではじめて主人のお母さんに電話しました。
つわりで動けない間、県外から2ヵ月も泊まりに来てくれてお世話になったのに…こんなことになってしまって。
主人は電話で話していましたし、私もメールをしましたが、声を聞くのはこの時がはじめてでした。
急遽退院当日に火葬になってしまい、お父さんと火葬にも来てくださると行っていたのにそれも申し訳なく思っていました。
お母さんの声を聞いた瞬間から泣いてしまった私にお母さんはなんて声をかけたら良いのか…といいながらも優しく声をかけてくれました。
「はるくんのおかげで、楽しい時間が過ごせた」とこちらに手伝いに来てくれていた日々のことを言ってくれました。

「はるくん」

とはじめて自分たち以外が名前を呼んでくれたことが、なんだか嬉しかったのを覚えています。



最後の妊娠…子宮全摘出

前回の妊婦健診で癒着胎盤が発覚しました。



長女を出産した時、いろいろ問題があり赤ちゃんの命を優先するため帝王切開での出産でした。

その後、悪露がなくならず、子宮内に胎盤の一部が残っているとのことで出産後3ヶ月の間に2回の掻爬手術を受けました。
この時も子宮に胎盤が癒着してしまっており、無理に剥がすと子宮が破けてしまうとのことで慎重に処置をしてもらいました。

その時の話を妊婦健診のエコーの時に検査技師さんに話すと、今回ももしかしたら癒着してしまうかもしれないとのことで、詳しく検査してくれました。

その後、先生の診察に呼ばれ診察室に入ると、いつもは先生と看護師さんだけですがそこにエコーをしてくれた検査技師さんが一緒にいました。

そして先生の診察後、先生から癒着胎盤の説明がありました。

先生は、前回よりもかなり癒着がひどいため、帝王切開の時に一緒に子宮を取らなくてはいけなくなるだろうと言いました。


子宮をとる・・・子宮がなくなる・・・



子宮内膜症から始まり、不妊に悩み流産や死産を経験しながらも体外受精で赤ちゃんを授かり、羊水過小や子宮内胎児発育不全を乗り越え、娘を無事に出産できたこと。そして今、赤ちゃんを授かれたこと。
本当に感謝しています。
この子を無事に産めるのであれば、たとえ子宮がなくなっても仕方ないと思いました。

先生からは超要注意患者だと言われています。
前回の死産の事もあり薬も内服中だし、長女の時のようにまた羊水過小や発育不全になる可能性もあります。

本当に出産するその時まで何があるか分かりません。

でも、この妊娠が最後になってしまうので、なんとか無事に産んであげたい。
どうか無事に産んであげられますように。


子宮を摘出することは、仕方ないことだと思います。
むしろいろいろありながらも子供を授かれたことに感謝しています。
でも、女性としてやっぱり子宮をなくすことは少なからずショックではあります。

主人にもなんだか申し訳ないなと思います。

年下の主人は健康そのもので大きな病気もしたことなく、もちろん不妊の原因は主人にはありませんでした。
それでも、不妊治療に文句も言わずに協力してくれて、私も母になる事が出来ました。

今度は子宮がなくなってしまう。

だけど主人はそれでもいいと言いました。
ガンとかになるリスクも減るし良い事もあるって。
いつも私の身体を大切に思ってくれます。

本当にありがとう。

主人にのためにもこの子を無事に産めますように。



12週 赤ちゃんが見えない

不妊治療外来を卒業し、1週間後に妊婦健診がありました。

12週になり、この日から経腹エコーでした。
赤ちゃんの様子を詳しくみるスクリーニング検査もありました。

が…

経腹エコーで赤ちゃんが見えない。


一瞬で死産した時の事を思い出しました。


あの時は、前回まで経腹エコーで赤ちゃんを確認出来ていたのに、5ヶ月を過ぎた健診でいきなりエコーで赤ちゃんが見えなくなり、経膣エコーで赤ちゃんの心拍が止まっているのが確認されました。
亡くなって時間が経ち、羊水が減ったために経腹エコーでは見えなかったと言われました。


まさか、また赤ちゃんに何かあったせいで見えないのかも…


何度も検査技師さんがお腹をグリグリしながら確認してくれますが、赤ちゃんの姿がなかなか見えず。

しばらくすると、検査技師さんが
「うーん、見えないね。ここが心臓で心拍はあるんだけど」
と言いました。

どうやら私の子宮の位置が悪いのか、腸が邪魔しているようで赤ちゃんが見えないとのこと。
ひとまず赤ちゃんが生きていることだけを確認すると、心拍はしっかり見えるとのこと。

少し時間をおいてもう一度見てみましょうと言われ、しばらくしてからもう一度呼ばれ検査室へ。

しかし、なんだかよく見えないまま。

赤ちゃんの詳しい検査をするどころか大きさすら分かりませんでした。

結局その後、先生の診察で経膣エコーをして赤ちゃんが元気でいてくれていることが確認出来て一安心。

しかし赤ちゃんの浮腫の様子をみたり、いろいろ測定したりは出来ず。
そのため、ギリギリその検査ができる13週6日にもう一度来るよう言われましたが、結局その日も赤ちゃんははっきり見えず。

この週数を過ぎると浮腫なども消えていくのでちゃんと検査は出来ませんでしたが、羊水検査は受けないと決めているので赤ちゃんが元気ならそれで良いと思いました。


その後、赤ちゃんは週数より小さめですが元気に成長してくれています。
現在は19週となり、死産した時の週数を超えました。
不育症の薬を現在も飲み続け、普通は4週間に一度の健診ですが、先生とも相談し1〜2週間おきに赤ちゃんが生きているかエコーで確認しています。
FLが短いためもしかして…と心配してみたりしますが、こればかりは産まれるまで分からないですし、長女の時はこの後に羊水過小や発育不全など様々な問題が起きたので、安定期に入ったからといって不安はあります。
でも無事に赤ちゃんが産まれるまで心配や不安があるのは仕方のないことと思っています。

最近やっと長かったつわりが落ち着いてきました。
まだ急に吐いてしまうこともありますが、本当に辛かったので楽になってきて良かったです。
そして胎動も感じるようになり、エコーで確認しなくても生きている事が分かって嬉しいです。

ひとつひとつ事に感謝しながら1日1日を過ごしていきたいと思っています。


プロフィール

ハナコウタ

Author:ハナコウタ
子宮内膜症、流産、羊水過少にIUGR、そして死産。
いろいろと経験し、妊娠、出産、そして子供が元気に成長してくれることは当たり前じゃなくて奇跡だと感じています。


2009年
9月
 婦人科診 何も問題ないと
12月
 プロポーズ

2010年
6月
 別の病院にて子宮内膜症
 or大腸がんと診断される
 →大腸ファイバー検査
 →大腸がん否定
 =子宮内膜症決定
7月
入籍
10月
結婚式
11月
タイミング療法開始

2011年
2月
 腹腔鏡手術

2月~5月
タイミングにて赤ちゃん待ち

5月
陽性反応

6月
7週6日で流産に・・

12月
タイミング療法

2012年
2月
クリニックに通うのがストレスになり自己タイミング

9月
不妊治療専門のクリニックに転院

排卵チェック、タイミング療法続けるも妊娠せず


2013年
体外受精を決意

10月
採卵 凍結

11月
移植
→陽性反応
双子であることが判明

12月
双子のうち1人の心拍が止まりバニシングツインとなる


2014年
6月
羊水過少、子宮内胎児発育遅延にて入院

7月
1か月の入院生活の末、帝王切開にて小さな小さな女の子を出産しました

2016年
1月
自然妊娠

4月
安定期に入るも16週5日お腹の中で赤ちゃんが亡くなっていることが分かる
16週6日 男の子を出産
(後期流産)

9月
再び不妊治療再開

10月
胚盤胞移植
→陽性判定

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